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カーマスートラ 〜 娼婦について 序言
- 2008/04/18(Fri) -

カーマスートラ



古代インドの家庭生活や社会生活の全貌は、娼婦をあげないでは完全なものとはならない。

インド人は昔から娼婦を人間社会に欠くことのできない一部と考える良識をそなえており、彼女たちが節度をわきまえて礼儀正しくふるまうかぎり、ある種の敬意をこめて眺められていた。

いずれにせよ、東洋では西洋のように娼婦が悪意と侮蔑をこめて扱われる風習などないし、いっぽう彼女たちの教養は東洋の国々の一般女性よりもまさっているのが常であった。

古代インドの教養豊かな踊り子や娼婦は、疑いもなくギリシャの高等内侍(読み・こうとうないし、ヘテラ)に似ていて、教養もあり、なかなかおもしろい存在であったから、当時の既婚未婚の一般女性より話し相手としてはるかに喜ばれた。

すべての時代、すべての地方を通じて、娼婦と一般女性とのあいだには競争意識というものがほとんどなかった。

しかし、生まれながらの娼婦がいて、社会のあらゆる階層で本能のおもむくままに行動するいっぽう、すべての女が娼婦的性格を幾分なりとも持っていて、男に取り入るために最善を尽くすということもまた、真理である。



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